以前、ヒッタイトの話題になりましたが、これは放ってはおけません^^; それ
というのもわたしは篠原千絵『天は赤い河のほとり』を、現在出ている２６巻
まで全部もっているからです（マンガです＞みなさま^^;）。

この作品はなんとヒッタイトが舞台なんです！　ヒッタイトもののマンガがヒ
ットしているなんて、なんだかうれしいですね。ストーリーは荒唐無稽といえ
ば荒唐無稽なのですが、主要登場人物のひとりであるラムセスは、あのラムセ
ス二世のお祖父さんだということを知れば、物語もぐっと身近に感じられます。

聞くところによれば、二十世紀にヒッタイト遺跡が発掘されたことにより言語
学上重要な知見がもたらされたそうじゃありませんか！  ヒッタイトって、今、
ホットな話題なんですね！

それに加えて、ギリシャ神話の骨格（の一部？）のルーツがヒッタイトにまで
さかのぼるとは……これは放っておけません。

というわけで、以下、筑摩世界文学体系１『古代オリエント集』を参考にしつ
つ、そのあたりについて少し調べたことを書いてみます。

■ヒッタイトの神話とは
  ヒッタイト王国は、三期に分けられる（古王国時代、中王国時代、帝国時
  代）。ヒッタイトは、シリアからイラク北部に小国家を形成していたフル
  リ人と交渉をもつようになり、帝国時代には、このフルリ系の人々が支配
  層に食い込んでいたと見られる。宗教面でも、フルリ系の神々への信仰が
  さかんとなった。特に、天候神（テシュプ）が重要。「天と地と人民は、
  ただ天候神にのみ帰属する」とされ、王は天候神の代理として政治を行う
  者と規定された。当然、神話もフルリ系のものになり、なかでもクマルビ
  神話が有名。
  
要するに、ヒッタイトの神話とくにクマルビ神話は、フルリ神話のヒッタイト
訳と思ってよろしいのだそうです。フルリ人については今もあまり詳しいこと
はわからないらしいのですが、しかし、『天は赤い川のほとり』の読者のため
にわかりやすい説明を一言つけておきますと、フルリ人はおおざっぱにミタン
ニ王国関係者だと思えばいいようです(^^;) 

■クマルビ神話
そのクマルビ神話ですが、冒頭近くに次のような記述があります。アヌという
神と、クマルビという神の戦いのシーンです。
（上掲書p.353。［  ］は粘土板の欠落です。）
  
      アヌが王座にあった間、力強きクマルビは常に食物を献じた。
      その足下に常に身をかがめ、大きな椀を手に捧げていた。
      数えて九年の間、アヌが天上における王者であった。
      九年目に、アヌに対してクマルビが戦いを起こした。
      クマルビはアラルの時のように、アヌに対して戦いを起こした。
      クマルビの目に抗し得ずアヌは、クマルビの手をかいくぐって
      逃げ出した。アヌは鳥の（ように）天にかけのぼった。
      その後に追いすがり、クマルビはアヌの足をとらえた。
      そうして天より引きずり降ろし、陰部に噛みついた。
      精液がクマルビの体内に［  ］のように入り込んだ。
      クマルビはアヌの精液を飲み込むや、喜びの声をあげて笑った。
      アヌは振り返り、クマルビ［に］語りかけた。
      「心の中で、汝は喜んでいる、私の精液を呑み込んだが故に。
      だが、断じて喜んではならぬ、心の中で。汝の体内に、
      苦痛の（種を）私は置いたのだ。第一に、汝に、聖なる天候神
      を宿らせた。（以下略）」
      アヌは語りおえると天にの［ぼり、］
      身を隠した。賢き王［クマルビは］口から吐き出した。口［の中で］
      混じり合ったものを。クマルビが吐き［出したものは  ］
      ガンズラ［山に落ちた。］恐るべき神がその［中にいた］

ううむ、なかなかドラマチックですね。クマルビがアヌの陰部にがぶっと噛み
つき（痛！）、その際に精液を飲み込んでしまう。げげっと思って一部吐き出
すも時すでに遅く、おなかの中でアヌの精液がしゃべりだし、挙げ句の果てに
天候神となって誕生する。天候神が生まれるところは欠落が多いです。また、
天候神とクマルビの戦いも、まるごと欠落しているようです。（その後のなり
ゆきから、最終的に天候神の勝利がわかる。）

■クマルビ神話と、シュメール・バビロニア神話、ギリシャ神話

  クマルビ神話は、シュメール・バビロニア神話の影響のもとに成立し、た
  とえば、アヌやエアはそのまま登場する。また、クマルビは、バビロニア
  神話のエンリルに相当。「海」は、バビロニアのティアマトに相当。
  
  しかし、全体的な内容は、シュメール・バビロニアとは違い、むしろギリ
  シャ神話との類似性が注目されている。アラルに相当する神はギリシャ神
  話には出てこないが、アヌがクマルビを、天候神がクマルビを蹴落とすと
  いうのは、ウラノスをクロノスが、クロノスをゼウスが倒すという構図と
  よく似ている。そのため、ギリシャ神話のこの部分が、なんらかの形でフ
  ルリ神話の影響のもとに成立したと考えられている。おそらくは、シリア
  海岸から地中海を経由してギリシャに伝播したのであろう。
  

つまり影響関係でいうと

★★シュメール・バビロニア ＞ ヒッタイト（フルリ神話）＞ ギリシャ★★

ということになるでしょうか。

ここで覚え書きとして

　　　　　ヒッタイト（ギリシャ）

という形でまとめておきます。

　　　　　アヌ（ウラノス）
　　　　　クマルビ（クロノス）
　　　　　クマルビが飲み込んじゃったアヌの精液　→　天候神（ゼウス）
　　　　　クマルビが吐き出した精液と唾液　→　双子の男児（？）
　　　　　クマルビが天候神に復讐すべく「岩」とのあいだに作った子
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ウルリクムミ（テュポーン）

ここから何がどうなってギリシャ神話のアプロディテにつながったのかはわか
りません。ただ、クマルビ神話の途中で、どこからともなく(^o^;)天候神の妹
としてイシュタル（フルリ名はシャウシュカ、ご存じ、軍神でもある愛の女神）
が出てきますので、そこらへんが化学反応(^^;)起こしてアプロディテになった
のかなぁ〜と思ったりしますが、要するにわかりませんm(..)m。

以上、ギリシャ神話のルーツとしてのヒッタイト神話について補足情報でした。

☆ DELPHICA ☆